運の差と幸福度を考察する

生まれ持っての運、「帝王切開」というのは生年日時での運をコントロールし、文字通りの帝王になるための運気を持った人物を作り出すためという話もあったりするように、生涯を通しても金運的な物事の差については極めて大きい場合もある。

与沢翼氏なども桁違いの富豪であるが、11月11日生まれなども関係してくるわけで、単純にビジネスセンスだけでのし上がったというケースは少ない。

右肩上がりの経済時期のように、国運が後押しした場合に限っては、たゆまぬ努力と成功事例に右にならえで相応な結果が生まれたが、それも時代でいう国運の影響が多大にあってのことであり、ホームレスでさえも稼ぐことが容易であった。

人というのは、艱難辛苦を受ける中で目が覚めて真実を探ることに気付くわけで、そのことを踏まえて、現在のマインドで過去に戻ったらとシュミレートしてみると、案外とイージーゲームであったことも分かった。

国運という全体的な上昇気流の中でマインドも高度であれば鬼に金棒であったという話で、いざビジネスに限った話では、昔は今と比べるといくらでも成功できる土壌があったのである。

しかし、幸福度でいうと、世界有数の大富豪もアフリカのマサイ族より、ほんの少しだけ幸福というだけのことも分かっている。

第三者からみて、圧倒的に幸福度の差があるという事例においても、幸不幸を感じている状態は、どれだけ幸福に違いのないように見える人物でさえも地獄の中をさまよっているかもしれないのである。

そういう意味では、いかに幸福を感じやすいかのマインドを築くかのほうが先であるとも言え、幸福であると違いのない世界へ到達しても違っていて転落することは枚挙にいとまがない。

そういう意味でいうと、自分の中での進捗を比べてみたほうが正確性が高いと言える。

過去に不幸だと感じていた時期を想像し、仮に成長したマインドで、そこを過ごした場合、イージーモードであったならば、実は運気的には恵まれた世界を過ごしており、あくまで自分自身の修行が足りてなかっただけの可能性が高いともいえる。

宝くじなどで一攫千金を狙う者も多いが「マインド面」をおろそかにするから破滅してしまうということに他ならない。

つまりマインド次第で物事の展開は、大きく変わるという話でもあり、展開が良くなることは「運が良い」という双方向での相乗効果の表れともいえる。

出生日時や遺伝などで、どれだけの才能や才覚に恵まれたポテンシャルを持っていても奴隷として生まれることだってある。

極めて治安の良い日本で生まれたことは、現在の恐慌の中においてでさえも実は運気的にみれば幸運と言わざるを得ないのである。

幸運な環境や才能にも恵まれているのにもかかわらず「不幸」だと思いつづけていることが一番残念な習慣と言える。最初にそこに気付くこと、実は幸運であるという事を理解した上で、マインドを上昇させ続けることで、最適に目指すところへと誘われる可能性がある。

ようするに「不幸」だと思い続けてる状態で選択していることをやり続けていても、実は本来の自分の姿とは違う場合があり、それだけ自分の脳で考えたことは第三者が見ていることよりもアテにならない事が多い。

自分が好きで好んでやっている事で甘えが起き、健康にもマインドにも運にも悪い生活習慣を送り続け、やがて原因が結果として現れる時には、とりかえしがつかないほどの積み上げになってしまっている。

おそらく、どこかで「ヤバいんじゃないか?」と振り返ることもあったと思う。そこで立ち止まって冷静に俯瞰して真実の声にも素直に反応して正していけば最悪の結果へ至ることは無かったのである。

私が、改めて思ったのは、常識も書き換わる中で、信じていたことが実は違っていたり、自分では出来てるつもりでいた事が大きくズレていたりすることも多かったので、最新を学び直したり、素直に励行することがいかに大切であるかが分かった。

一つだけ運が良かったのは、直感で自分の体で実験して良かったことが最新のことに最適化されていたことが割と多かった点で、学習して、お墨付きをもらったことで確信へと変わったことだった。

世に情報として出る前では、真剣に話したことも、笑い話として返され、「ちゃんと三食食べたほうがいいよw」と必ず返されたことを思い出した。

たった一人だけ聞いてないフリをして、完全一日一食を達成するに至った人物はかなりの夢を手に入れたことを付け加えておこう。

自分は、急激に一気には出来ないタイプだと感じるが、少しづつアップデートしながら継続していくのは割と得意かもしれない。ロングスパンでみた場合、かなり変化したことが多かった。

それだけ習慣は馬鹿に出来ず、10年前の自分が「話にならない」ほどだったことが分かる。