自己中心的なマインドのループから利他のマインドへの変遷

稀に聖人君主も出るが気づくことが無ければ基本的に自己中心のままが多い

教育をする前の段階、赤子の頃に、いじめられてる映像を見せると赤ん坊が拒否反応を見せたり慈悲の心を示すということが分かってきました。自己中心的な人が増えるのは、結局は社会の縮図の部分もあるようです。

動物なんかを観察してると気付きますが、基本的には自己中心的な本能というものを持っていることが分かります。

我先に反射的に逃げますし、我先に食べようとしますし、自分に危害があるときは叫んだりして助かりたい気持ちを出すけれど、仲間がいなくなっても、それほど心配する訳でもなかったりと、誰が教えるわけでもなく、本能の部分ではそうなるわけです。

よく観察していると中には聖人君主のような振る舞いのガンジーのような動物もいるわけで一緒くたにはできない側面があります。

それから、自分が生んだばかりの子は必至に守ろうとするわけで、これも教えられたわけでもなく自然と行えたりします。

これは人にも言えることで、思想や教育や道徳がなければ、自然な成り行きでそうなります。ストレスは動物には顕著で争ったりするようになったり、なついたりしないのは、飼ってる動物であれば、飼い主が躾と称して動物を暴行してる可能性が高いです。攻撃的になったり、すぐに逃げたりするようになります。

これは人にも言えて、反社会的になる背景には、そういう環境が存在し、まぎれもなく、その状態を作り上げたのは親であることがほとんどと言える場合も多いわけです。

兆候が少しでも見えた場合、考え直して軌道修正することが大事で、より激しく躾けると今度は外に対してストレスの連鎖を引き起しますし、シェルターのようなとこへ逃げても根本的な解決にはなってゆかないことが分かります。

プロセスが存在し、たしかに気性の荒さとかの遺伝はありますが、恩義を感じてる人には、それなりの態度になるのは動物を見ていれば明らかです。

人間には思想や教育も入ってきますので、隣国では、まるで生まれながらにして憎しみを持っていて、会ってもいない段階で憎むというのは、教育や思想が悪いということで、それを教える者の罪は相当に深いとも言えるのです。

コミュニティでの振る舞いから見える本性

人間というのは巧妙で動物ほど正直に感情を出しません。顔相学などを学ぶと顔に性質が書いてあるようなもので、その人物の本質が目つきや顔のいたる部分に隠すことができないように如実に現れたりします。

あとは基本的な振る舞いであるとか、できればシーンごとの細かい部分も観察することで大半の状況を判別することが可能となっていきます。

稀に感情が表情に出ない人もいますが、感情が声色に現れたりもして、隠しきれない部分もあるわけです。

とある家庭に招かれて大人数でお邪魔したときに、お茶菓子を振る舞われたのですね。それも沢山の量が出てきました。

そして帰る段となったときに、お邪魔した側の人物の一人から「残したら出してくれた方に悪いので全部持ってかえろう」と音頭を取ったのです。

たしかに、そんな話しは聞いたことはありますが、それは食事などで残飯になる場合の話しで未開封のものを全部持って帰るのは筋違いの拡大解釈ではなかろうか?と思いました。

察しの通り、生活全般において、その人物は「くれくれ君」でした。奢ってもらう専門で、お返しをしないことを徹底していました。

とにかく目先の得だけを優先してるんですね、そういった人物は意外と多かったです。食事の時間になっても帰ろうとせずに食事をご馳走になり、それを繰り返すわけで、後から家ぐるみで「食事をご馳走になってから帰るように」との指示まで出ていたことには脱帽しました。

私は率直にみて、そういう人物の話すことは信じられない拒否反応もあり、絶対に奢ったりしないようにしています。

著しく三流の振る舞いとして、信用を落としていることに本人が、いつまでたっても気づかないですし、実際に、分かってる人からは馬鹿にされるようにイジられてますので、軽んじられる原因の本質を知らないので、いつまでたっても信用が得られず、イジる人には逆立ちしてもかなわない状況になってしまっています。

恥ずかしいことを繰り返してることに気づかず、周りは色々な形で、時には、いじったりしながら改善を促すように、サインを送っていても、本当に損失を被らない限り気づくことはないという共通点があります。

Win-Winのような関係じゃないと長くは続かない

目先の利益を最優先したり、とことん損失を嫌うようになると、ケチが目についてしまうと思うんですが、私は偶然にもWin-Winな手法を自然な形で開始していました。

事業をやっていた時に仕入れをする際に余らせてしまったり、予測したものと方針が変わり、消化しきれない商品が出たりしました。

あとは風水改善の一貫で、不用品を片づける習慣を行っていたので、余りものですが、どんどん配布したんですね。

私としては、捨てるようになったり、家が片づかなくなるよりはいいという自己中心的なマインドでの配布ではあったのですが、思いがけないお返しがあったり、困ったときに協力してくれたり、なにしろ、それ以前と違ったのは見る目が変わっていったのを覚えています。

ぞんざいだった対応の人が、呼び捨てから「さん」付けに変わるような人もいましたし、成功者と勘違いしてくる人もいました。そして、お返しが普通にできるようになったり、タイミングよく差し入れも出来たりと自己中心的なマインドでも変化を感じる部分が多かったです。

利他のマインドで本質が見えてきた

最終的に自己中心的な自己愛の比率の大きかったマインドの配分を利他へと配分を移すことが本質と気付き、ローテーションで行っていた行動にマインドを入れるように変えました。

財物で左右されない人も世の中には多いので、特にポジションを掴めてる人には多い印象でして、そういった人にも信頼を得られるという振る舞いが可能になっていくのだと思います。

本質が分かったことで見えたのは、災厄と思っていた出来事の、ほとんどをマインドの転換で乗り越えられたり泥沼にすら縁せずに、まったく違う人生航路を進めていたということに気付いたことでした。

どうしても人知の及ばない風水的な見えない世界の影響に支配される部分がありますけども、たとえば大津波がくると分かっていて、わざわざ見に行きたくなるマインドか、家族を一刻も早く高いところへ避難させて、躊躇してる人の背中を押して助けるマインドなのかで、風水的には防ぐことが出来ない事象でも対抗できる部分が変わってくるわけなんですね。

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