本当の自分?関わる人に影響を受けすぎている人生

対極の人生もよう

陰と陽のように、限りなく片方に近いような人生もあり、独創的にブレずに自身の信念を若いうちから貫き通してカリスマ性を発揮して成功し、多大な影響を与える人もいます。

もしくは、自給自足のような終着点を極め手、人生が目標へと着実に近づいていく人生や、道を踏み外すことを追求して、大変に生きにくい中を過ごし続ける人もいます。

その対極に、関わった人に合わせて、まったく染まってしまう人がいます。素直、真っ白なキャンバスという良いとらえ方もありますけども、思考も同じになり、話し方、方言のイントネーションから仕草までコピーしたようになり、誰だか分からない人もいます。

数年後に会うとまた別人のようになっており、付き合う人が変わっていたり、多重人格のようにいろんな要素が混ざってしまう人生もあります。

影響を受けやすい人が実に多かった

組織内において、カリスマ性を持つ人物に迎合してばかりの人物がいました。カリスマの近くに陣取り、相槌を打ち、似たような言葉で相手を教育していました。

私は、その人物とマンツーマンで話したときに、何も考えを持っていなくて、すごくつまらなかったのを知っていたので、非常に腹立たしい気分を抱きました。カメレオンのように人に合わせて変わってるのを本人も気づかずにやっているんでしょうね。

他にも同じような感じの人が多く、イエスマンで、普段は話しやすくてソフトという印象も強く、非常に要領が良かったのを覚えています。

これは、私がそのとき感じた印象だったので、私の印象というのも、他者からはあったと思います。

本質を見定めてからの変化

とにかく育った背景から付き合う人によって、知らず知らずのうちに多大な影響を与えられ、自分が自分じゃないくらいに変わってしまう場合があります。

私は要領良く振る舞うイエスマン達にどうしても拭いきれない違和感と嫌悪感を抱いていました。一人のカリスマに支配されていたところを動かしたのは新来者でした。

まったく違った環境から来た人物は新風を注いでくれました。そこで影響を受けた内容は、まさに本質でした。カリスマ含むイエスマン達は、新しい本質の風の前では完敗でした。

環境も次元も変わり解散して再生

その後、ずいぶんとは自由になりましたけど、最終的には結束した仲間は解散しました。最初の次元よりは、かなり高かったのですが、敵のような存在がいなくなり安心すると、各個人のドグマが増えていき、反発するエネルギーが発生して終焉を迎えたのです。

それぞれが、違う道へと進み、ほぼ全員が各地へと引っ越したので、そこから会うということは無くなっていきました。

マインドの次元が変わると縁する人も変わるというのは本当のようで、自分で設けたフィルターを通さないという面もありますけど、まず越したエリアの人とは縁が深まり、それ以前の土地の人との縁はどうしたって薄くなります。

単純に距離の問題もあるのですが、不思議と縁する人の種類も変化すると実感してるところです。

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