富と名声を追いかけた人物が最後に気付いた事

複数のリゾート物件を所有するまでに富裕となり、交流も活発となった人物が人生の終盤のほうで気付いた本質が的を射てるなと思いました。

時代の波に乗って事業と投資の両方で成功しゴルフ会員権や複数のリゾート物件を所有することになった人物は、それが成功であり幸福がずっと続くという価値観で生きていました。

ところが時代が過ぎていくと、物件は疲弊しリゾートの人気も落ちていき、莫大な修繕費がかさむ様になって行きました。

それでも最初はリフォームし内装を更新していましたが、けっきょく北海道だの沖縄だの、最初は優越感にひたっていたのが、「いかなくてはいけない」とか「修繕しなければならない」という拘束感が増すように変化しました。

そして肩の荷を降ろそうと売却に出したところ、全然売れない訳です。土地の価格も暴落し億で新築したものが、半分でも当然売れないのです。そもそも土地の価格で半分では高すぎ、元は億のものが数百万まで下がったときにやっと買手がついたのでした。

結果からいうと、買った人は元は億の価値があって、丁寧にリフォームされてきた物件をリフォーム代にもならない価格で買えたことになります。

そして、その物件を買った家族と知り合い、さらに価値観を壊されたのでした。

それまで高級な寿司屋で食べていた本マグロ等の寿司が一番だと自負していたそうですが、そこの家庭で出て来たアラ汁の旨さと、本マグロのカマを自分でさばいて刺身に盛り付けたほうが高級店で食ってきたものよりも、だいぶ旨かったのでした。

低燃費家庭で食べていたものの方が上質で、自分は外食に高い金を払って、そうでもないものをずっと食べて優越感に浸っていたことに気付きました。

しかも、イタリア料理店では3000円以上もした天然キノコのパスタを、大量にフルコースにして食べていたのです。

そして、新品のファストファッションの服を着ていった所、低燃費家庭の方ではハイブランドの服を身に着けていたのです。本当は富裕層じゃないのか?といぶかったら、貰い物を着ていると回答があり、貰うという発想が無かったので驚いたようです。

実は低燃費家庭のほうがはるかに工夫し自由な生活を手に入れていたのでした。

富裕層の男は所持を増やした分だけ多忙となり、たしかに車やら色々と高い金額で一つ一つを所持していたけれど、例えば時計なら数百万をつけても時間を見るだけならスマホで済むわけで、海も山も地位や名誉は関係なく誰でも行けますし、高速のサービスエリアのトイレだって貧富は関係無いという事実に気付きます。

かえって、海で釣りまでして十二分に活用し、獲れ立ての魚を食べるほうが贅沢なのじゃないか?と気付くわけでした。

そして、資金を活用する意味は、ため込むことでなく社会貢献に生かすほうが大事で、金持ちになった使命なんだと本質に気付いたのでした。

そして自分の知らなかったことを教えてもらう代わりに食事を御馳走したり、不要となった品物を惜しむことなくあげることで循環のサイクルが出来、非常に精神的に楽になったようです。