ミニマリストの生活が本当は普通なのかもしれない

江戸時代や戦前までの普通

そもそも大量消費や大量廃棄は戦後から起きてきた、ごく短い間の習慣であり、人間関係から何もかもが変質してしまった部分があります。

江戸時代は人口が100万を超える都市であった今の東京の下町、川の一番河口でさえ水は澄み、いたる場所に綺麗な小川も流れていたのです。

リサイクルは徹底され、循環農業で、薪を燃やして出た灰や人間の糞便までもが肥料として、循環し生活も循環サイクルで営まれておりました。

高い建物はなく富士山も見えていたとのことです。

そういう意味では、本当に必要な物しか所持しないミニマリストという生き方は原点回帰への潮流とも言えるかもしれません。

最初アメリカを憎み、アメリカの文化を羨望し、現在はアメリカ的な考えに違和感が無くなってきている段階にいるのかな?と少し不安も感じます。

本来は大切に使えばほとんどは半永久的に使えたりする

いつからか壊れたら直さずに捨て、100円ショップの物なら使い捨てにしたり、現在は物はいらないと貰って欲しいような提案が出ても断ることのほうが多くなってきたと思います。

100円ショップの品も最初から安いものを売ってるケースも中にはありましたが、店によって、ハサミだったんですが、すごく切れ味がよく使いやすいので、裏の製品情報をみると新潟県の燕三条で作られていました。

そういったハサミの切れ味が悪くなったら、砥石を使って磨いてやれば切れ味が復活し、刃先が無くなるまで半永久的に包丁などでも本来は使用が可能なんです。

それこそ世代を超えて受け継いで使うことも可能です。

活躍の場を失った品物だらけで不用品と言われてしまう文化

本来、作られるときには不要な品と言われる物ではなかったわけで、これは人間の生活でも同じように不要な人という価値観が蔓延するような負の側面と比例してるようでなりません。

段ボールなどにしまわれたままタンスの肥やしとして、使われなくなり、すっかり錆び付いてしまうケースなど勿体ないわけです。金銭的な無駄もありますし、なにより一つ一つの品物が活躍できるような数量を見える場所に配置しておかないと、血液が滞るように循環しなくなり停滞していくように思います。

沢山のコレクションを並べるような風景をみることがありますが、何か違うという違和感を感じました。

こだわりを無くしていく中で本当に必要な物って少ないことに気づく

いざ引っ越しをする段階になり、あまりの物量に辟易しました。捨てながら選別し、少しでも経費が浮けばと売れる資源は売れるところに持っていく訳ですが、終わりなきルーティーンは半年と過ぎ、それでもトラック数台分の物量でした。

それ以前に断捨離に目覚めてから、長年の格闘で10トントラックに換算して二桁代の物量を捨ててきていたので、いささか自負していたのですが、家の隙間や押し入れに肥やしとして残っていた物の多さと終わりなきループに肉体も精神も悲鳴を上げました。

捨てる経費がかかる方が上で、売れるレベルの品物は少なくて、最初から買わないという選択肢の段階から出来ていれば、膨大な時間や手間もかからなかったことになります。

似たようなカテゴリーの不用品も多かったので、ささいな違いに対して買っていたのだと思います。1カテゴリーにつき一種類で十分で、無ければ無いで、なんとかなるんですね。

何のために買っていたのか最終的には不明となる

物理的な金銭的な理由にて買わなくなっていくのですが、けっきょくは、電化製品ですら使用していないものが沢山あります。

定期的に買うような物は食料は別として、トイレットロールやゴミ袋で、ゴミ袋も現在は圧縮して詰め込んでますので、以前とはゴミの出る量も少なくなりました。

大きい家具などは分解して捨ててまして、残骸を捨てきれずに移住先でも処分するにいたりました。ゴミの処理だけで丸1年という手間や経費がかかったのです。

もしミニマリストであったなら、自家用車で一回の移動のみで済んでいたことを考えたら実に愚かなことだと考えてしまいました。堀江貴文のブログでは言えない話

物が多すぎるとストレスになる

正直、終わらない片づけは発狂するような精神状態にもたまになり、煮詰まってなんとも言えない挫折感を感じることもありました。

現実的には物が多いと圧迫感もあり、移住先には引っ越しで大幅に減らしたにもかかわらず押し入れにも入りきらない物量で、段ボールに詰め込まれた肥やしが、いまだにあるんですね。

それでも半年は暇がないくらいに整理していたものです。それでもミニマリストにはほど遠いのですが、分かったことは思いのほか必要性があるのものが少ないということでした。

買ったときは高かったわけで、そういう痛みを伴い、なおかつ引っ越すときの手間など、大変なことのほうが多いというのが結論です。

幻影の遊戯のなかで暮らしていたんだと思えます。シンプルが一番で、本当に役立つものだけを使い倒すやり方が一番で、万が一足りない場合は、まずは工夫することを考えるほうが大事ですね。だいたい買わずに済むんですね。

現在は自力でメンテナンスすることを主流にして、基本は買い足さない路線で生活しています。

それは食料もそうで、以前はマヨネーズからケチャップまで一通り揃えていたのですが、岩塩を基本として、マヨネーズなら塩胡椒に酢で同じような味がしますし、パスタに使うケチャップなども買わずに、代用で酢を入れてスパイスで調整すれば酸味の聞いた味となり、十分に美味しいんですね。

これじゃないと絶対に駄目というこだわりを捨てました。そうしたところ、出費が大幅に減るという結果が伴うようになり、物を大事に使ったり分量を調整できるような変化も経験しています。

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