しごき抜かれて根性がついて本番では失敗する

しごき抜くことが美化されていた時期

歴史から見ていくと、しごきに通じるにはギリシャ時代のスパルタで生まれた厳格で過酷な訓練から連綿と続いていた部分があるように思えます。

軍体調の訓練は個性よりも、一体系を目指す団体を作り上げる目的があり、戦争が終わってからも名残が各地に残っていたし、数十年前までは美化さえされていた部分もありました。

教師などの人を教える側の人間には特に多かったのかな?と記憶してますし、先輩後輩などの関係なども影響が濃く、それが当たり前のように流れていました。

恐怖政治により、反発してくるのを防ごうとした部分もあるんでしょうけど、負の側面を受け継がせることにもなってしまうので、何事も善し悪しの両面を持っています。

教師は、まるで自分の作品を作り上げるように、反発しなくなった生徒が「変わった」と錯覚し作品が完成したかのように思い、また生徒もスパルタで「自分は変わった」と思うようになり、教師に返礼し、それに教えた側は酔いしれるという部分があり、社会も、しごいて根性がついていけば生き残れるような土壌に形成されていた部分もありました。

根性や我慢という部分は強化された

根性や我慢が美徳とされた風潮がありましたけど、害もあり、運動部では「水を飲んだら弱くなる」というような風説のもと我慢をしいられました。

たしかに、トイレも我慢すれば尿意の頻度も減るし、食事も我慢すれば食べる頻度が減るように人間の体というのは、苦境にも耐えられるようには変化していきます。

けれど、しごく側には残念なマインドがあり、我慢し続ける人に対して「根を上げるのを見てみたい」や「もっと根性をつけてやろう」という偏屈した考えや有り難い迷惑な考えを醸成したりするわけです。

耐えきった者を称賛し成功体験のような感覚を得ますが、しごかれた者は、また同じことを後輩に善かれと繰り返したり、「自分も、しごき抜かないと損」だという屈折したマインドになる者もいるのです。

根性と我慢の明と暗

根性があると、たしかに、登山などでもそうですが、あと一歩のところでの後押しにもなります。

我慢があると、窮乏するような状態でも耐えられるという部分があります。

こういった事が美徳とされてきました。

しかし、暗部もあり、痛みを我慢し医者に行かずに虫歯だらけになったり、治療の際も痛みを我慢して歯を削られすぎたり、変なところで損失してしまいます。

ブラックな状態になってもひたすら耐えて、根性で乗り切ろうとして、精神を病んでしまうまでやってしまうということが出来てしまい、一番困るのは自分な訳なのです。

人生全般において基準のように深く染み込み刻みつけられてるために色々な場面に出てきます。

本番や大事な場面で力を発揮できないという現象

最近は教育が変わってきて、本番に強いというか、本番でも変わらないという人が増えてきてますが、しごき抜かれた時代は少し違いました。

練習では日本一、いや世界一の力を発揮するのですが、本舞台では膝が震えて何もできなかったという現象を多く見てきました。緊張です。

本舞台で最高のパフォーマンスを発揮するために練習を行うのですが、失敗して「怒られる」「しごきが待っている」という極度のプレッシャーが体に変な不具合を発生させ、本番では著しい失敗などをしてしまうという現象が多方面で発生しました。

肉体的に過酷に訓練するということはスキルが向上するのですが、精神はそうはいかないということなんですね。過度なプレッシャーにより脳が異変を感じて反射的に体に不具合を起こしたりする訳です。

慣れはあるため、本番が続く競技なら大丈夫でしょうけど、一発勝負なら「怖い者知らず」のほうが上手くいく場合があるんですね。

人生の目的を失ってはならない

いずれにしても、長い人生をよりよくしていくためのはずが、いつのまにか作品にされてしまい、コントロールしてくれる人がいないと自主的には動けないという事態になっている人もいるんですね。

生まれた時から自分で取捨選択して生きてきて、目指すことも明確に判断しながら生きるというのが本来の姿なのでしょう。

時代は急速に変わってきていて、どんどん本質に近づいて行ってるように思います。運が良い、ツイてるとという思考へと考え方をポジティブに変化させ、相手の成功を自分のことのように喜べる高次元なマインドを定着させなければ、いよいよ生き残ることは難しい時代になりました。

もう、根性と我慢では負の部分が大きすぎるんですね。この思考の悪いところは、ネガティブになっていくんですね。自分が我慢することでというルールでなく、気持ちよく「ゆずる」というマインドとの違いで、我慢は「不満」では駄目なんです。

根性も間違ったことを闇雲にやって損失を拡大させてしまいます。投資を根性でやっても駄目で、まずは正しい情報を集めてから根性を使って頑張らないと良い結果にはならないんですね。

人生は楽しみ我慢を手放し自分を許す

一度きりの人生なので、やりたいと思った方向をまずは実現していったほうが良いとおもいます。

名誉や財産は二の次で良いと思います。節約を極めてミニマリスト的な生活を行うと、生活費は激減するため、若いうちからできていればアルバイト生活でも十分に資産は作れるようになります。

万が一のときに補償される保険だけは各種はいっておいて、リスクをもチャンスに変えられる仕組みを構築して安心感を強めるのも大事です。

そういった土台を構築してしまえば、あとは本当にやりたい事に対して力を注いでいき、関わる人達にも教えることで、固定観念を打破させて、知らなかった人を気づかせることが出来、良い人脈に変わっていくのです。

完璧主義が不幸になると思っていて、頑張った自分を褒めて、無事故でいられたら「運が良いツイてる」と気持ちを躍動させ、相手の失敗も許せるマインドの余裕を作り、上昇のサイクルへと変化させることで、それまでの負だらけの状態からは変わっていくんですね。

ダイナミックな大地震とかの災害以外は、マインドが重要な部分を占めていることが間違いなく、風水的な厄災や四柱推命での運命をも、より悪くせず軽く受けたり流したりできるようになり、相対的にみたら幸福になっていくと思います。自分が不幸と感じることが、やはり一番不幸な姿なんです。

どんなに富裕層な条件でも、不幸と思えば不幸な状態なんですね。幸福を感じるというのは、もっとシンプルな日常でも十分なのです。

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